<子どもたちへ>
毎日暑いですね。でも今日も皆さんの元気な顔を見られて、いっしょに礼拝できてうれしいです。今日から聖書のお話は、イエス様よりずっと前の時代、王様の時代に移ります。何人かの王様が出てきますが、今日はイスラエルの2人目の王様ダビデのお話です。
この人たちはダビデ王様と祭司たちです。何をしているのでしょうか?王様はおどっています。祭司たちは何かをかついでいますね。実はこれ、神の箱のお引越し礼拝の様子です。
神の箱、と言うのは、「十戒」の板、という大切なものが入っている箱です。神様が一緒にいて下さるしるしでしたが、何十年も田舎のまちに置きっぱなしでした。
ダビデは王様になると間もなく、この箱を自分の町に運ばせました。「神様はいつもわたしと一緒にいて下さって、王にして下さった。神様、感謝しまーす!」ダビデは大声で賛美し、踊りを踊って神様を礼拝しました。王様の服ではなくて、礼拝を導く祭司と同じ服を着たそうです。家来が何て思うかとか、そんなことは気にしないで、全身で神様をほめたたえました。そして神の箱は都の天幕(テント)の中に運ばれました。ダビデはたくさん捧げものをして、神様を礼拝しました。集まった人たちには、祝福して、パンやお菓子を配ったそうです。
それからしばらくしてダビデはお城で考えました。「私はこんなに立派な城に済ませてもらっているが、神様の箱はテントにあるままだ。」そこで預言者のナタンに言いました。「神様の箱は粗末なテントに置かれたままです。神様のために神殿をお造りしたいのですが、どうしたらよいでしょうか」。
ナタンがお祈りすると、その日の夜神様が夢の中で言われました。「ダビデに言いなさい。あなたがわたしのために神殿を建てなくてよい。私があなたのために、いつまでも続く子孫の王国を建ててあげよう。」これを聞いてダビデは感謝のお祈りをしました。「神様、素晴らしいお約束を感謝します!」神様の約束通り、ダビデの後には息子のソロモンが王様になって行きます。そしてこのソロモンが、ダビデの願いでもあった神殿を建てて行くのです。そしてその更にさらにあとの子孫に、救い主イエス様が生まれてきてくださいます。
ダビデは色々失敗もした人ですが、こんなにも祝福されました。完璧な人ではないけれど、心から神様を喜んで、神様を愛する人だったのが喜ばれたのです。今日のみことばを読みましょう。「感謝をもって、御前に進み 賛美をもって主に喜び叫ぼう」(詩篇95篇2節)。日曜日に教会に集まる中心は、神様への礼拝です。静かにしなくちゃ、とがんばってくれてると思います。でも、神様には大きな声を出して「ありがとうございまーす!(感謝)」「神様、大好きでーす!(賛美)」と歌ったり呼びかけたりしていいんです。神様への心の熱さを、神様はにっこり喜んで受けとめて下さいます。神様に喜ばれる礼拝を、ダビデ王様のように捧げていきましょうね。
<祈り>
「神様、今日も礼拝に来られるよう導いて下さりありがとうございます。ダビデ王様が人の目を気にせず心から神様を賛美したこと、それを神様が喜んで祝福されたお話を聞きました。私たちにも、神様がいつも一緒にいて下さる喜びを満たして下さい。ダビデ王のように神様への賛美を心をこめてしていきたいです。私たちの礼拝をお導き下さい。御名によってお祈りします。アーメン。」
「感謝をもって、御前に進み 賛美をもって主に喜び叫ぼう」 詩篇95篇2節
<適用>
本日は、礼拝者としてのダビデの姿を学んで参ります。Ⅱサムエル5章には、ダビデが王となった様子が記されています。5:4、5「ダビデは三十歳で王となり、四十年間、王であった。ヘブロンで七年六か月ユダを治め、エルサレムで三十三年間イスラエルとユダの全体を治めた」。サウルに命を狙われる日々を乗り越えて王とされたことで、彼の心には神様への感謝が湧き上がっていきました。それは今日の箇所に見る「喜びの礼拝」と言う形で表されました。しかしながら、そこに失敗と主の取り扱いがありました。聖書はそのことを、包み隠さず記しています。
時代や立場が違えど、私たちの信仰生活の中心は礼拝です。私たちの礼拝が主に喜ばれ受け入れられるために、常にみことばに教えられる必要があります。ダビデはどのような点で失敗し、どのような礼拝に導かれたのでしょうか。共に学ばせて頂きましょう。
Ⅰ;神中心の礼拝
第一に教えらますのは、神中心の礼拝であるかどうか吟味が必要だということです。
Ⅱサムエル6章には、実は神の箱の移動が2回出て参ります。そしてその1回目がどのような次第で行われることになったか、歴代誌Ⅰ13:3~4にはこうあります。「『私たちの神の箱を私たちのもとに持ち帰ろう。私たちは、サウルの時代には、これを顧みなかったから。』すると全会衆は、そうしようと言った。このことが、すべての民の目には良いことに思えたからである。」サウル時代には打ち捨てられていた神の箱を敬い、信仰のリバイバルを遂げようというのが、ダビデの願いでありました。
しかし何が起きたでしょうか。IIサムエル6章6節「彼らがナコンの打ち場まで来たとき、ウザは神の箱に手を伸ばして、それをつかんだ。牛がよろめいたからである。すると、主の怒りがウザに向かって燃え上がり、神はその過ちのために、彼をその場で打たれた。彼はそこで、神の箱の傍らで死んだ」。これは「ウザ打ち」と言われる出来事でした。
箱を守ろうと手を伸ばしたことの何がダメだったのだろうか。ウザもダビデも、イスラエルの会衆も分からなかったことでしょう。また私たちも「なぜ?」と疑問に思えます。ダビデはウザ打ちの理由を祭司や預言者に尋ねたことでしょう。そして、神の箱に関する教えに無頓着であったことが明らかになったのです。
Ⅰ歴代誌15章のダビデ自身の言葉にこうあります。15:12,13「あなたがたはレビ人の各家系のかしらである。あなたがたと同族の者たちは身を聖別し、イスラエルの神、主の箱を、私が定めておいた場所へ運び上げなさい。最初の時には、あなたがたがいなかったため、私たちの神、主は私たちに怒りを発せられた。定めにしたがって、私たちが主を求めなかったからだ。」
「定めに従って主を求めなかった」とは「神のみ教え中心の礼拝でなかった」ということです。具体的には、レビ人が棒で担がなければならないのに、レビ人でないウザたちが荷車にのせて動かしていました。また、神の箱には触れてはいけないのに、ウザは触れてしまいました。裁きまでもあらかじめ教えられていたのですから、無知ゆえの失敗、悲劇だったと言えましょう。
私たちもこの出来事から学ぶ必要があります。すなわち礼拝のあり方は、みことばと祈りの中で吟味されなければならないということです。今日の説教題は「喜びの礼拝」です。喜びと感謝による礼拝というと人の内面に焦点があたっているようですが、吟味された礼拝の姿勢と両立されるべきものです。
コロナ以降、様々な礼拝のあり方が工夫されてきました。オンラインの礼拝、というのもその一つです。私たちの教会でも活用していますし、新しい宣教のスタイルでもあるでしょう。けれどもそこにある課題も心に留める必要があります。
会堂に出かけずにオンラインだけの礼拝だとしたら、「受ける」ことは出来ても奉仕や献金という「捧げる」営みは絶えがちになります。また、会堂に集まる中で、信仰者の間の励まし、心遣い、祈り、そうした交わりが生まれます。あなたの、わたしの存在を必要とする魂が、教会にはいるのだ、ということを忘れてはなりません。イエス様は「あなた方は互いに愛し合いなさい」と語られました。愛は互いへの関心を表すこと抜きには実行できません。
私たちはついつい自分中心なあり方に傾きがちです。しかし、自分の礼拝の姿勢が主に受け入れられるものか、神中心のあり方となっているか、振り返りましょう。そして私の礼拝は主のみおしえに沿っているだろうか、私の心のありようは主の前に受け入れられるだろうか、と問いかけましょう。無頓着に礼拝をしてしまうことなく、ダビデのように備えをして礼拝に臨んで参りましょう。
Ⅱ;生き生きと主を讃える礼拝
2つ目に覚えたいのは、生き生きと主を讃えるダビデの礼拝の姿です。
神の箱を仮安置したオベデ・エドムの家が祝福された、と聞いて、ダビデは2回目の移動を計画します。今度は主の律法を良く調べ、レビ人や祭司たちを配置して備えました。13節からその様子が記されています。ここでは簡潔にダビデが主の前で力の限り跳ね回った、と書かれています。並行箇所であるI歴代15,16章をぜひ後でお読みいただきたいのですが、ダビデが歌い手や楽隊を編成させ、大規模な賛美演奏をさせた様子が出ています。ウザ打ちがあったにもかかわらず、「触らぬ神に祟りなし」という通り一辺の儀式にしなかったのがダビデのすごいところだと思います。私たちの礼拝は生き生きとした最善のものとなっているでしょうか?
ダビデはある意味型破りな礼拝者でした。彼はこの時王服ではなくエポデを着ていた、と言います。これは箱をかつぐレビ人や歌い手たちと同じ装束でした。恐らくダビデは事前にどこまで許されるか、祭司や預言者に相談したと思われます。ウザの事件があった後ですからなおさらです。ダビデはこの装束で力いっぱい主を讃えるのが最善だと考えたのでしょう。彼は「主の前で力の限り跳ねまわった」(14)のです。
MJ集会で時々歌われる賛美に、「子牛のように」という曲があります。マラキ4章から、主への賛美に子牛のように跳ねる姿を歌った曲です。中高生たちが笑顔でジャンプし、中高年は息も絶え絶えになる賛美です。ダビデのジャンプも笑顔いっぱいでなされたことでしょう。神様は礼拝に規範を求められますが、同時にこのような自由で生き生きとした礼拝をも、喜んで受けて下さるお方だとわかります。それぞれに感謝の表し方は異なるでしょう。けれども、今私が主に感謝を表現できるとしたら何が出来るかを、積極的に考えてみたいと思います。
霊的高揚の中、ダビデが家族を祝福しに戻ったときの妻ミカルの様子はとても残念なものでした。彼女は16節「主の箱がダビデの町に入ろうとしていたとき、サウルの娘ミカルは窓から見下ろしていた。彼女はダビデ王が主の前で跳ねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼を蔑んだ」と記されています。彼女はサウル王の娘で、生粋の王族でした。波乱万丈な人生を送る中で、父サウル同様、王族のプライドだけが支えとなっていたのでしょう。
そして王宮に戻ったダビデを侮辱します。20節「イスラエルの王は、今日、本当に威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、今日、あなたは自分の家来の女奴隷の目の前で裸になられて。」
彼女が問題視したのは「王としての威厳」でした。「裸になって」とありますが、実際には亜麻布のエポデをまとっていたとあります。これを脱ぎ捨てたのか?と思いⅠ歴代誌の並行箇所なども読みました。そこには彼が装束を脱ぎ捨てたとは書いてありません。また祭司の装束の規定も読みましたが、むしろ裸は覆われなければならず、それが守られなければ咎を負って死ななければならない(出エジプト28:43)とされています。ダビデが裸になったとは考えにくいのです。ミカルが言ったのは、王服を着用せず礼拝したことが威厳に欠ける、という非難だと考えられるのです。そして主を喜ぶ民のことをも「家来の女奴隷」と侮辱しました。
そんなミカルに対してダビデは21節「あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで、主の民イスラエルの君主に任じられた主の前だ。私はその主の前で喜び踊るのだ」と宣言しました。夫婦という最も近いはずの2人には、信仰の一致がありませんでした。とても残念で悲しいことです。ミカルには終生子がなかった、つまりダビデとの関係が冷え切っていたことが記されています。ダビデは完ぺきな人間ではありませんでしたが、主を愛して祝福されました。ミカルは王家の誇りに生きましたが、祝福を逃しました。願わくは、家族の一部だけの祝福ではなく、夫婦、親子が生き生きと信仰の祝福を受けて歩めるよう、祈りたいと思います。完璧でなくともダビデを選び、愛し、祝福された主は、私たちをもあわれみ祝福を備えて下さることを信じます。まずは一人の礼拝者として、生き生きと主を讃えながら歩んで参りましょう。
<祈り>
「天の父なる神様。ダビデの姿から、あなたに受け入れられる礼拝について、思いめぐらすことが出来感謝いたします。自分中心に流れがちですが、あなたがお求めになっている礼拝の姿勢を今一度振り返らせて下さい。そして修正して頂きながら、ダビデのように生き生きと、自分になしうる最善の姿勢であなたを礼拝することが出来ますように。また家族や近しい人たちと、信仰の一致を頂き祝福に共にあずかることが出来ますよう、お導き下さい。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。」