2026年1月4日(日)礼拝説教 ダニエル書1章8-21節 「心の調律をしよう」 説教者:赤松勇二師

2026年1月4日(日)礼拝説教 ダニエル書1章8-21節 「心の調律をしよう」

<子どもたちへ>
 2026年が始まりました。この一年は、皆にとってどんな一年になるでしょうか。皆にとってお正月の一大イベントと言えば、お年玉でしょうか。もらったことの喜びと同時にお年玉をくださった方々への感謝を忘れないようにしましょう。お正月は、親戚が集まったり、どこかに出かけたり、美味しいお料理を食べたりするなど特別なことが続きます。でもそろそろ3学期が始まる準備をしなくてはいけませんね。今年も皆の生活が守られるようにと祈ります。

 さて、教会の礼拝では、昨年の8月から9月にかけてイスラエル民族の歴史を学びました。ダビデ王様の後、ソロモンが王様になりました。ソロモン王の後、イスラエルの国は、北と南に分裂してしまいました。ソロモンの後の歴代の王様は、神様を信じない人たちが続くこととなりました。その結果、北イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされてしまい、南ユダ王国はバビロニアに滅ぼされてしまうことになりました。今日は、南ユダ王国が滅ぼされてしまい、ユダの人々が捕囚となってバビロニアに連れて行かれる時のことです。

 バビロニアの王様であるネブカドネツァルは、「ユダの国を少しずつ占領しよう。まずエルサレム神殿にある高価な物をバビロニアに持って行こう」と言います。こうして神殿の礼拝で使うものがバビロニアに移されました。そしてネブカドネツァル王は、「ユダの国の王族や貴族を捕らえて、バビロニアに連れて行こう。そして優秀な若者たちを選んで教育することにしよう」と言い出しました。こうして選ばれた人たちの中に、ダニエルと3人の友人(ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤ)がいました。
 ネブカドネツァル王は、自分が食べるごちそうを少年たちに与えることにしました。目の前に出されたごちそうは、豪華でどれもおいしそうです。皆なら、目の前に豪華なお食事が出されたらどうしますか?我慢できないよね。選ばれた人たちは、目を丸くしていました。その中でダニエルと3人の友人は、豪華なお食事を前にしてとても困った顔をしています。それは、「ネブカドネツァル王が食べるお食事で神様に対して罪を犯すことは出来ない」と考えたからです。豪華なお食事を食べてはいけないと言うことではありません。ダニエルの目の前に出されたお食事は、それを食べることでネブカドネツァル王に従い、偶像の神々を礼拝するという意味合いがあったのです。そこでダニエルたちは、お世話係の人に「王様が与えるごちそうを食べることは出来ません。僕たちには野菜と水を与えてください。」とお願いしました。係の人は、「そんなことは出来ないよ。野菜と水だけでは体が弱くなっちゃうだろう。そうしたら、私が王様から叱られてしまう。」と答えます。

 そこでダニエルたちは、「10日間だけ試してみてください。」とお願いしました。神様は、お世話をする係の人がダニエルたちに親切にするように導いておられました。ダニエルたちは、10日間野菜を食べ、水を飲みました。10日後、どうなったでしょうか。ダニエルたちは、王様の与えるごちそうを食べる人たちよりも健康で、顔色もよかったのです。こうしてダニエルたちには、野菜と水が与えられることとなりました。
 教育と訓練の期間が終わった時、王様が選んでおいた少年たちをテストしました。するとダニエルと3人の友人たちが一番優秀でした。ダニエルたちは、バビロニアの国の中でも一番となりました。こうしてダニエルたちは、ネブカドネツァル王に仕えることとなりました。

 ダニエルたちは、異国の地で、人々が偶像を礼拝する中で、本当の神様だけを信じて、本当の神様だけに従いました。ダニエルたちは、周りの人たちに流されることなく、心を神様に向けて歩み続ける信仰を持っていました。神様は、ダニエルたちを守り支え、知恵と知識を与えて、神様の素晴らしさを伝える役目を与えてくださいました。
 僕たちも、本当の神様だけを見上げて、心を神様に向けて歩みましょう。今週の御言葉を読みましょう。
「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。」ローマ人への手紙12章2節

<祈り>
「愛する天の父なる神様、あなたの聖なる御名を賛美します。ダニエルと3人の友人たちは、神様に従う道を選び取りました。僕たちも神様を信じて、神様に従って歩めるように導いてください。2026年も皆が元気に過ごし、神様を礼拝して歩めるように助け導いてください。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。」

「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。」                          ローマ人への手紙12章2節

<適 用>
 私は、高校生の時、音楽部の軽音楽班に入りました。軽音楽班では、フォークギターやバント活動をします。私は、バンドを組んで演奏し、またフォークギターで弾き語りをしました。高校3年の卒業式間近に卒業ライブをしました。部活のバンドで私は、エレキベース担当でした。またその当時、私は楽器用の無線機を使ってベースからアンプに音を飛ばしていました。ですからライブ中自由に動き回ることが出来ました。ライブの準備とし、私は、ベースの調律をして、他の楽器とも確認をして音合わせをします。無線機を使っていますから、私は、ライブ途中に観客の中を歩き回ることが出来ました。ボーカルが観客の中を歩き回るタイミングで、私も観客席を回って演奏しました。その時、友だちが近寄って来て、「赤松、ちょっとベースの音がずれているぞ」と言って来たのです。私は、慌てて舞台に戻り、チューナーで確認しました。若干ズレていました。確認したはずが、舞台を降りる時にどこかにぶつかってズレてしまったのだと思います。調律の重要さを再確認した出来事でした。
 今日は、一年最初の主日礼拝です。今年も日曜の主日礼拝が神様の祝福に溢れるように祈りましょう。そして私たちは、心を神様の御心に合わせるように、心の調律をしていつも心の状態を確認して歩みましょう。

Ⅰ;神様の思いを心に持つ

 私たちは、神様の思いを自分自身のものとして持って歩みましょう。そのために必要なことは、私たち自身の心の調律をすることです。
 ダニエルがバビロニアに捕え移されたのは、ユダの王エホヤキムの治世でると言われています。Ⅱ列王記24章1-2に、この時の背景が説明されてあります。「エホヤキムの時代に、バビロニアの王ネブカドネツァルが攻め上って来た。エホヤキムは三年間彼のしもべとなったが、その後、再び彼に反逆した。…。」ユダの王エホヤキムがどのような王であったのかは、エレミヤ書に書かれてあります。彼は、エレミヤによって語られ、書きとめられた神様の言葉を読ませたうえで、その言葉が書かれた巻物を切り取って燃やしてしまったのです。エホヤキム王は、主なる神様の言葉を聞き神様の思いに心を向けることがありませんでした(エレミヤ36章)。このようにエホヤキムは、主の目の前に悪を行い、その結果として、ユダ王国はバビロニアに包囲されてしまいます。Ⅱ列王記24章1節で言われている時に恐らく、ユダの一部の人々がバビロニアに捕え移されたと考えられます。

 ダニエル書に戻りますが、捕囚の民と一緒に神殿の器具も持ち去られ、バビロニアの神殿に戦利品として納められる事となります。また、バビロニアの王ネブカドネツァルは、捕囚のイスラエル人の中から数人を選ばせます。その条件は4節にあるように、容姿端麗で、健康で、優秀な少年たちです。それは、バビロニアの文学や学問を学び、ネブカドネツァル王に仕えさせるためです。王族や貴族とありますから、少年たちはダビデ王の家系に属したり、南ユダ王国の高官の家系に属する子どもたちだっという事です。その中にダニエルと3人の友人がいました。
 少年を選ぶのは、すべての事において適応力があるからです。支配者にとっては都合の良い年代なのです。この時ダニエルたちは、10代半ばだったと思われます。10代半ばから10代後半の年代は、良い事も悪い事も何でも吸収できる年代です。今でも思春期と言われる年齢層は、様々なことに興味・関心を持ち、あらゆる可能性がありますが、多くの誘惑にもさらわされる年代です。私たちは、中高生たちの心と信仰が守られるように祈りましょう。

 さてダニエルたちは、この一番大切な時期を捕囚という苦しい境遇に置かれることとなりました。しかもネブカドネツァル王のもとバビロニアの教育と訓練を受けることになったのです。この時ダニエルと3人の友人は、バビロニアの名前を与えられました。彼らは、ある程度、それを受け入れていたのだと思います。しかし彼らの行動には、神様を信じる信仰と言う土台がありました。
 ダニエルたちは、選ばれた事によって命の保証は与えられました。けれども同時に、苦しい立場にさらされることになります。選ばれた少年たちは、王の食べるご馳走とぶどう酒を与えられることとなりました。この事がダニエルたちを困らせたのです。8節には、「王が食べるごちそうや王が飲むぶどう酒で身を汚すまいと心に定めた」とあります。バビロニアでは、ユダヤ人のように聖い食べ物と汚れた食べ物との区別はありません。また王の食べ物の一部は、偶像の神々に捧げられる習慣がありました。異教の文化・風習では、食べ物をまず偶像に捧げてから頂くというものがあります。日本でもまず、仏壇に供えてから食べることがありますが、それと同じ事ではないでしょうか。
 そしてもう一つのことは、ネブカドネツァル王から与えられるごちそうを食べるということは、ネブカドネツァル王に屈服し、王を敬い従うという事をも意味していたと思われます。ですからダニエルたちは、身を汚さないために、偶像礼拝ではなく主なる神様だけを礼拝するために、そしてネブカドネツァル王ではなく主なる真の神様に従うために王の与えるごちそうを食べないことに決めたのです。

 ダニエルたちは、異教の国の中で心を神様に向け、神様の思いを心に持って歩むことを優先させたのです。私たちは、偶像礼拝が多く行われる日本で生かされています。年末年始は、特に偶像礼拝が盛んに行われる行事が多くあります。その様な中で私たちは、クリスチャンとして神様の思いを心に持って、偶像礼拝を避け、神様を見上げて歩むことが求められています。そのために必要なことは、私たちの心が神様と一致するように、心の調律をすることです。
 今週の御言葉を読みましょう。「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。」ローマ人への手紙12章2節

Ⅱ;自分を変えていただきましょう

 私たちは、心を新たにすることで、自分を変えていただきましょう。そのためにもやはり、心の調律が必要となります。
 楽器の調律(音合わせ)は、いつするでしょうか。最初に私の高校時代の経験を話しましたが、楽器の調律は、演奏前にします。オーケストラでは、一般的には、オーボエが音を出して、管楽器が調整をして、その音を聞いて弦楽器が音を合わせるそうです。調律のタイミングとしては、演奏の直前です。演奏が終わってから調律をすることはありません。調律をしないと音がバラバラで、演奏全体のバランスが取れません。演奏前に調律をしっかりとすることによって、演奏全体のバランスが良くなるのです。

 ダニエルにとってネブカドネツァル王から与えられる物を食べたり飲んだりすることは、信仰の問題だったのです。だからダニエルは、祈りつつ避ける道を見つけ出していきました。捕囚とされ、バビロニアの教育と訓練を受けるために選ばれた人たちの中には、ネブカドネツァル王から与えられたごちそうを食べ、ぶどう酒を飲んでいた人たちもいたことでしょう。けれどもダニエルたちは、この世と調子を合わせることをしませんでした。
 パウロは、ローマ12章2節で「この世と調子を合わせてはいけません。」と勧めています。それは、神様に喜ばれ、神様を正しく礼拝するために必要なことです。「この世」は、「人がしているから良いではないか。」、「神様を信じなくても、神様を礼拝しなくても生きていけるぞ。」、「聖書の御言葉に従うより、この世と調子を合わせて自由に生きたほうが楽しいぞ」と私たちを誘惑します。そして私たちは、この世の惑わしには弱く、流されやすい者です。だからパウロは、心を新たにして、変えていただきなさいと勧めるのです。これは、私たちが頑張って、修行をして悟りを開くという事ではありません。私たちは、心を変えていただくのです。私たちの心を変えてくださるのは、聖霊なる神様です。聖霊なる神様が、私たちの心に御手を差し伸ばしてくださり、変えてくださるのです。私たちは、「神様、この世と調子を合わせることなく、心を新たにすることが出来るように導いてください」と祈りましょう。
 するとどうなるのでしょうか。ローマ12章2節の続きは「そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるかを見分けるようになります」と続いているのです。私たちは、心を神様によって変えていただきましょう。その結果私たちは、何が良いことか、何が神様に喜ばれることなのかを知ることが出来ます。また私たちは、進むべき人生の道を見出すことが出来るようになるのです。

 ダニエルたちが奴隷の立場で、色々とバビロニアの高官に要求するのは命取りになります。けれども神様は、バビロニアの宦官の長にダニエルたちを愛する心をお与えになりました。ダニエルたちは、誰よりも健康が守られ、主なる神様を信じる信仰を守り通すことで、聖霊なる神様の導きを受け、誰よりも知恵と知識に富む者となりました。教育と訓練の期間が終わった時、ダニエルと3人の友人たちは、捕囚の民の中だけではなく、バビロニアの国中の知恵者と言われる人たちよりも優れていることが分かりました。それは、神様がダニエルたちを祝福し、知恵を増し加え、異教の国の中でも神様を証しして主の栄光を現すようにしてくださったからです。

 ダニエルたちは、常に神様の御心に合わせて心の調律をしていたと言えるでしょう。私たちは、新しい一年を始めるこの時に、心の調律をしましょう。私たちは、この世と調子を合わせることなく、心を神様に向けましょう。私たちは、心を新たにして、聖霊なる神様によって心を変えていただきましょう。そうすれば私たちは、日々の歩みの中に神様の恵みを見出すことが出来ます。私たちは、何が良いことで神様に喜んでいただけることなのかを知ることが出来ます。私たちが、心を神様の思いに合わせることで、私たちは神様から知恵をいただくことが出来ます。そして私たちは、神様の守りと導きの中を歩むことが出来ます。

<祈り>
「愛する天の父なる神様、あなたの聖なる御名を賛美します。ダニエルと3人の友人たちは、この世と調子を合わせることなく、心を神様の思いに合わせるように心の調律をしていました。
 神様、私たちも心を神様に向けて、心の調律をして歩みます。神様、私たちの心を変えてくださり、何が良い事なのか、何が神様に喜んでいただえる事なのかを見分けることが出来るように知恵を与えてください。神様からの知恵をいただいて歩ませてください。
 一人ひとりの2026年の歩みが守られ、2026年の主日礼拝が祝福され、主を礼拝する人々が増し加えられますようにとお願いいたします。この祈りを私たちの救い主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。」