2026年1月18日(日)礼拝説教 エステル記2章12-23節 「人生には意味がある」
<子どもたちへ>
冬休みが終わり三学期が始まって一週間が過ぎました。久しぶりの学校はどうですか?皆は、勉強をしていて、どうして苦手な(嫌いな)科目を勉強しなければならないのだろうかと感じたことがありますか?僕は、小学生や中学生の時に、いつもそんなことを考えていました。そして、通知表に国語や算数、英語のほかに給食があったら一つくらい「5」を取れたのにと思ったものです。なぜならば、僕は、給食の残りをすべて食べ尽くして僕のクラスが給食を残すことはなかったからです。
僕たちは、どうしても苦手な科目があるものです。でもあきらめずに勉強を続けましょう。いつの日か、「勉強していて良かった。あの苦手な勉強はこの仕事のためだったのか。」と思う時がやって来ます。
今日登場するエステルは、「この時のために」と神様の導きを受けていた人でした。エステルを育てたのはモルデカイです。モルデカイにとって、エステルは自分のおじさんの娘となり、いとこにあたります。二人はいとこ同士なのだけれども、年齢の離れたモルデカイは、エステルを引き取って育てることになったのです。そしてモルデカイとエステルが生きていた時代は、ダニエルの時代から何年も後の事です。ダニエルは、お腹を空かせたライオンの穴に落とされたけれど、神様が不思議な方法でライオンの口をふさいでくださって救われたのですよね。その時は、バビロニア王国でしたけれど、モルデカイとエステルの時は、ペルシアと言う国が支配していて、クセルクセスという王様が治めていました。エステルたちは、ユダヤ人としてペルシアの国で神様を信じて生きていました。
ある時、クセルクセス王が王妃を選ぶこととなりました。ペルシアの国中から若い女性たちが集められました。その中にエステルが選ばれていました。お世話係が言います。「これから一年かけて、香水やお化粧の練習をして王妃になる準備をしてもらう。」エステルたちは、1年かけて王妃となるための準備をするのです。モルデカイがエステルに言いました。「エステル、お前は選ばれて王妃となるための準備をするけれども、自分がユダヤ人であることを言ってはいけないよ。」「分かりました。お父さん」エステルはモルデカイの言ったことをちゃんと守るのです。準備が終わると一人一人王様に呼ばれます。「エステルを王妃とする」とクセルクセス王は、エステルに王冠を与えました。
しばらくしてクセルクセス王は、ハマンと言う人を王様の次に権力のある地位につかせました。人々は、ハマンが通ると「ハマン様!」と膝をかがめてひれ伏しました。そうするようにという王様の命令だったからです。モルデカイは王の門を守る仕事していました。ハマンは毎日のようにこの門を通るのです。人々は「ハマン様!」と言ってひれ伏しますが、モルデカイはそんなことをしませんでした。「ハマンにひれ伏せ」と言う王様の命令は、ハマンを礼拝せよという命令でもあったのかもしれません。モルデカイは、本当の神様だけを礼拝していますから、人間を礼拝することは出来ません。ハマンは怒り出しました。
モルデカイがユダヤ人であると知ったハマンは、悪知恵を働かせました。「モルデカイを一人だけこらしめても面白くないな。どうせならモルデカイと同じユダヤ民族全員を滅ぼしてしまえ!」恐ろしいですね。ハマンが、クセルクセス王に「王様、この国の中で王様が出した法令を守っていない一つの民族があります。このような民族がいることは良くないことです。よろしければ、この民族を滅ぼすという命令を出してください。私が、全部責任をもってやり遂げますから」と言うのです。「分かった、全てハマンに任せる」と王様が答えます。ハマンが言う「一つの民族」とはユダヤ人たちの事です。こうして、ユダヤ人を滅ぼす日が定められて命令が出されました。
これを知ったモルデカイは、ショックを受けて悲しみながら王の門の所に来ました。エステルは、モルデカイの様子がおかしいので心配して、「どうしたのですか。何があったのですか」と召使を送りました。モルデカイは、エステルにユダヤ人が滅ぼされる危機にあることを知らせ、王様に助けを求めもらいたいと伝えました。その時のモルデカイの言葉が、今週の聖句です。一緒に読みましょう。「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。」エステル記4章14節
モルデカイは、エステルが王妃として選ばれたのは、ユダヤ民族の危機を救うためだったのかもしれないと伝えるのです。エステルは、王妃であっても気軽に王様に近づけるわけではないので、最初、戸惑いました。でも「この時のためなのではないか」と言われ、「その通りだ。自分がユダヤ人として王様にお願いしよう」エステルは決意しました。そしてモルデカイたちに自分のためにお祈りして支えてもらいたいとお願いしました。
神様は、僕たちを導いておられます。僕たちが経験する色々なことは、今は理由が分からなくても、そのうちに神様がちゃんと僕たちを守って、導いてくださっていたことを知ることが出来ます。僕たちが生きているという事には意味があります。その意味を神様は、僕たちに教えてくださいます。
<祈り>
「愛する天の父なる神様、あなたの聖なる御名を賛美します。エステルは、『この時のため』と神様の導きを知りました。僕たちの人生も神様によって意味があります。そのことを神様が教えてくださることを信じます。神様、一人ひとりを導き、助け、守ってください。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。」
「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。」 エステル記4章14節
<適用>
最初に、私には苦手な科目があると言いましたが、特に数学が苦手でした。基本的な計算方式は覚えて、計算問題を解くことが出来ますが、応用問題になるとダメでした。その結果、真剣に勉強することがありませんでした。本来なら、応用問題が解けないから、真剣に勉強するのだと思いますが・・・。けれども、大人になり木工作業で、いろいろ作るようになって「数学をもう少し真面目に勉強しておけば良かったぁ」と思うようになったのです。例えば棚を作る時、三角形の計算を使うのです。私は、「あの苦手だった方程式は、この木工作業のために必要だった」と知るのです。そして学校での勉強には、ちゃんと意味があるという事にも気づくのです。
私たちの人生にも意味があります。主なる神様が、そのことをちゃんと教えてくださいます。
Ⅰ;神の時の中で
私たちの人生には意味があります。なぜならば、私たちは、神様の時の中で生かされ、導かれているからです。聖書には、「神」「主」という言葉が出てきます。それは、当然なのですが、実は、聖書の中で「神」とか「主」という言葉が出て来ない書簡があります。それが「エステル記」です。エステル記は、エステルとモルデカイの物語、エステルの伝記ともいえるような内容となっています。エステル記には、「神」、「主」という言葉は使われていませんが、人の歴史の背後に確かに全能の神様がおられることを知ることが出来る内容になっています。私たちの人生には、必ず神様のご計画と導き、神様の目的があるのです。
エエステルの生きていた時代は、エズラ記とネヘミヤ記の間の時代だと思われます。キュロス王の時代にユダヤ人たちは、エルサレムに戻り町を再建し神殿を再建することが許されました(エズラ記1章2-3節)。「ペルシアの王キュロスは言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私にお与えくださった。この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てるように私を任命された。あなたがた、だれでも主の民に属する者には、その神がともにいてくださいますように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、主の宮を建てるようにせよ。』」
こうして、多くのユダヤ人たちがペルシアからエルサレムに帰還していきました。けれども帰還しない人たちが多数いて彼らは、ペルシアに残っていたのです。そして時が過ぎ、エステルとモルデカイの時には、クセルクセス王の時代となりました。ユダヤ人であるモルデカイが王の門衛として仕事をしていました。
ペルシア帝国クセルクセス王がギリシアへの遠征を前に、帝国の力強さを周囲の国々に知らしめたでしょうか、大宴会を催しました。クセルクセス王は、最後の7日間の盛大な宴会でお酒を飲み上機嫌になり、王妃であるワシュティを人々の前に連れ出そうとしました。その内容がどのようなことであったのかは明らかではありませんが、ワシュティは王の命令を拒否しました。このことが王の憤りをかい、ワシュティは王妃としての立場を失いました(エステル記1章)。
王妃不在となってしまったことにより、早急に新しい王妃を見つける事となり、ペルシア帝国中から容姿の美しい未婚の女性が集められました。その中にモルデカイの養女エステルがいたのです(エステル記2章7節)。エステルは沢山いる王妃候補の中で、監督官ヘガイの好意を受けることとなります。そして侍女を7人与えられ、特別な部屋も与えられることになりました(9節)。エステルは、監督官ヘガイだけではなく、彼女を取り巻くすべての人から好意を受けました(15節)。
こうしてエステルは、王妃として選ばれることとなりました(17節)。けれどもモルデカイは、エステルにユダヤ人であることを隠しておくようにと口止めしていました。理由は、はっきりしませんが、それが彼女の身を守ることとなりました。
エステル記2章の最後には、エステルが王妃となってしばらくしてからのある出来事が記録されてあります。モルデカイは、門衛の仕事の中でクセルクセス王への謀反を計画している宦官がいることを知りました。モルデカイは、エステルを通して王に知らせ、事実が発覚し王の命が守られたという事件です。この事件は、モルデカイの名前と共に王の年代記に記されることとなりました。
このように物語は、淡々と進んでいますが、エステルが王妃となった事、そしてモルデカイが王に知らせたことが、いずれ意味を持つようになるのです。エステル記では、エステルとモルデカイを取り巻く様々な状況の中で、確かに神様が介入し、エステルとモルデカイが神様の御手に導かれ、神様の時の中で生かされていることを知ることが出来ます。
私たちも同じです。エステルとモルデカイを導いておられた主なる神様は、今も生きていて、私たちの人生に手を差し伸ばしておられるのです。私たちは、日常の一つ一つの事柄が神様の御心のうちに導かれていることを覚えましょう。そして、私たちの人生は、神様によって意味があることを覚えて主を見上げましょう。
Ⅱ;今は分からなくても
私たちの人生には意味があります。今はそれが分からなくても、心配することはありません。
エステルが王妃となってしばらくして、ハマンと言う人がクセルクセス王に重んじられることとなりました(エステル記3章1節)。ハマンは、事実上ペルシア帝国で№2の地位に上りつけることとなりました。人々は、ハマンに対してひれ伏して礼拝しました。クセルクセス王が、そのようにしなさいと命令を出していたからです。でも一人だけひれ伏さない人物がいました。それが、モルデカイです(3章2節)。なぜモルデカイがハマンに膝をかがめずひれ伏さなかったのか、その理由は明らかではありません。おそらく、ハマンにひれ伏すと言う行為が、人間を礼拝するという偶像礼拝的な意味を持っていたのかもしれません。主なる神様だけを礼拝するユダヤ人として、それは決して許されることではなかったのです。またモルデカイは、サウル王家に属していたと思われます。エステル記2章5節にある「キシュ」と言うのはサウル王の父親になります。そしてハマンは、「アガグ人(3章1節)」とあり、ユダ人にとっては宿敵となります。このような民族的な問題が重なっていたのかもしれません。
ハマンは、多くの人々が、ひれ伏し礼拝する姿を見て上機嫌になり、高慢にもなったでしょう。ハマンの高慢ぶりは、自分を礼拝しないモルデカイだけではなく、ユダヤ民族を滅ぼしてしまえと考えたことに現れています(3章5-9節)。そこには、権力を持ち何でも出来ると思い込み、権威に狂った人の愚かさを見る思いがします。
ハマンは、クセルクセス王から全権を委ねられ、すぐに法令としてユダヤ人を根絶やしにするという命令を交付しました。モルデカイは、全ユダヤ人が滅ぼされるという事実を知り、荒布をまとって悲しみのうちに過ごします(4章1節)。エステルは、モルデカイの行動を聞いて、モルデカイを心配しますがその時、ユダヤ人が滅ぼされることを知りました。モルデカイは、王に執り成して欲しいとエステルに願います(4章5-8節)。しかしこれは命がけなのです。王妃であっても、王に呼ばれることなく王の前に出ることは出来ないのです。もし、無断で王の前に出て、王が受け入れてくれなければ、王妃であっても死刑となってしまうのでエステルは躊躇します。それに対してモルデカイはエステル記4章14節のようにエステルに言葉を送ります。エステルは、モルデカイの「この時のため」という言葉を聞いた時、信仰の目が開かれたのではないでしょうか。
私たちは、このモルデカイの言葉の中に主のご計画を見ることが出来るでしょう。何故エステルは王妃候補として選ばれたのでしょうか。何故人々の好意、特にクセルクセス王の好意を受けたのでしょうか。何故王妃となって王の前に出る特権をあたえられたのでしょうか。エステルは、王妃となった当初は、その理由はまったく分からなかったことでしょう。
私は、高3の時に大学に進学できず一浪した時、どうしてだろうと思いました。私は、実家を離れて新聞配達をしながら東京の予備校に通い勉強を続けました。2回目も大学への進学が出来ず、当時住んでいたアパートから通える都内の専門学校に通う事となりました。私は、この一連の意味を全く理解できず、何だったのだろうか、どんな意味があるのだろうか祈り求めました。
神様は、新聞店の先輩との出会いのために私を導いておられたことを教えてくださいました。私が働き始めた新聞配達店の一人の先輩が親切にしてくれて、私はその先輩と仲良くなりました。そして私は、彼を教会に導きたいと考え、祈り続ました。先輩は、最初教会には行きたくないと言っていました。しかし彼は、聖書に関心を持っていて、聖書の神を知りたいと考えていたのです。だから私は、祈りつつ、ずっと誘い続けました。しばらくして彼は、私と一緒に教会に行くようになり、信仰告白をして洗礼を受けたのです。私は、彼と一緒に教会の礼拝に出席しながら、私がこの新聞店に導かれ、他県の大学ではなく東京の専門学校に道が開かれたのは、彼と出会うためであり、彼を教会に導くための神様の計画だったのだと感謝しました。神様には、ちゃんと意味があったのです。
神様はユダヤ人を窮地から救うために、エステルを備えておられました。そのために神様は、すべてを丁寧に導いておられたのです。モルデカイが王の門の仕事をしていたこと、エステルが王妃となったことに主の御手を確認することが出来ます。
神様は、私たち一人ひとりをご自身の栄光のために用いてくださいます。私たち一人ひとりを通して神様のみわざは、確かに展開されていくのです。今はその意味が分からなくても、神様は確かに私たちの人生を導き、そこに意味を見出させてくださいます。私たちは、一人ひとり神様から与えられた人生があり、そこには神様による意味があるのです。そのことを信じて、神様を見上げて歩みましょう。また私たちは、お互いが神様の導きの中を信仰をもって歩むことが出来るように、お互いのために祈り合いましょう。
<祈り>
「愛する天の父なる神様、あなたの聖なる御名を賛美します。私たちは、一人ひとりが神様によって支えられ、神様の時の中で生かされていることを心から感謝いたします。私たちの人生は、神様によって意味があり、神様の導きが確かにあることを信じます。
神様、私たちは多くの経験を通りますが、そのすべて中に神様が確かにいてくださることを信じます。神様の導きを見出しながら歩ませてください。
神様、高校受験や大学受験に備えている受験生を守り導いてください。試験で実力を発揮することが出来るように助けを与えてください。
この祈りを私たちの救い主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。」
